ジェジェ & グリ 大中.JPG

2012年03月18日

東日本大震災:備忘録


自分自身の備忘録として・・・


東日本大震災から、1年がたち、
震災関連の記事を記載しなくなり、
久しくなりました。
しかし自分自身の“備忘録”として、
今日、書き残してみました。

あの日午後2時46分、
地震に遭遇したのは、中規模のマーケットの中。
大きな揺れの後、すぐにその場を離れ、
地下の駐車場から車を出す事が出来ました。

30〜40分ほどかけ自宅に着くと、
ジェジェは、
ベットの横の小さなサイドテーブルの下に、
グリは、
天井近くのニャンズ専用の棚の上に避難していました。
ニャンズの無事な姿を見て、
抱きしめた事はいうまでもありません。
ニャンズの瞳孔は、大きく広がってしました。

テレビをつけると、すでに津波警報が表示されていました。
夕方、ベランダから外を見ると、
遠く南西の方向(川崎の西部の方向)に、
いくつかの火の手が見えました。
これは民家の火災と分かりました。

更に暗くなった頃、遥か南東の方向に大きな炎。
それは、市原のコスモ石油の大火災でした。
この炎は、数日間消える事はありませんでした。

我が家の裏手の目黒通りは一晩中大渋滞、
私自身も、実家の横浜に向かう事を諦めました。

そしてあの日の夜は、
今思えば嘘ばっかりだった“原発の報道”に耳を傾け、
コスモ石油の大火災を見つめ、
余震のたびにニャンズを抱き、
不安な夜を過ごしました。

翌朝になり、大災害を確認する報道が流れ、
現実の出来事とは受け止めたくない気持ちで
一杯でした。

私自身の実害は、
ガソリンの購入と水の確保のみですみました。

ガソリンは、GSによって10ℓしか買えず、
幾度か、長時間並ぶ事となり、
水は、ニャンズの飲み水として、
放射性ヨウ素の半減期間、順次冷蔵庫に保存しました。

あの一瞬で、2万人近い命が奪われ、
多くの家屋が流され、被災地の方々の生活は、
すべて失われました。
原発事故でも、多くの方々が自宅を離れざる負えなくなり
仮の避難暮らしは続いています。

そして、多くの動物たちも
津波と置き去りで命を失われ、
家畜に至っては、人間の手で命を奪われました。
命を守る事が出来たペットたちも、
家族と離れ離れのままの1年が過ぎました。

私達は、この東日本大震災と原発事故から
何を学ぶ事が出来たでしょうか?
これから、何を学び、
何をしなければいけないのでしょう?

私自身は、多くの事に気づき確認出来た事があります。
私見が入ってしまう為、ココに記載する事は
避けようと思いますが、
みなさん、ご自身に問いかけてみて下さい。
心の変化に、気づく事もあるかもしれません・・・。

ニャンズのシェルターは、
今でも・・・そのままです。


神秘.jpg





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